牛込橋と牛込門
高麗門と渡櫓門は残っていませんが、石垣の一部が残っています。各線の飯田橋駅から近いこともあって、人どおりと車も多い場所です。現在の鉄筋コンクリート製の牛込橋を渡った先に高麗門があって、右に折れると渡櫓門がありました。外堀の門のひとつで、門跡から東側はかつての江戸城の郭内です。
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牛込橋と牛込門跡 -
牛込門跡に残る渡櫓門の石垣 -
牛込門があった場所の現状 -
門跡近くに咲く桜(4月上旬)
牛込門枡形の石垣
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修復されたあとで白っぽい石が混じる牛込門枡形の石垣 -
牛込門枡形の石垣の下のほう
牛込門渡櫓門の石垣
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飯田橋駅ホームから見た渡櫓門石垣 -
飯田橋駅ホームから少し近づいて見た渡櫓門石垣 -
かつての枡形内から見た渡櫓門の石垣 -
かつての枡形の外から見た渡櫓門の石垣
文字が刻まれた石と蜂須賀阿波守
牛込門跡には文字の刻まれた石がひっそりと置かれています。この石には「入阿波守内」と彫られています。牛込門は1636(寛永13)年に外郭諸門の修築が行われた際、阿波国徳島城主の蜂須賀阿波守忠英(1611~1652)によって築かれたと考えられていますので、それを意味しているのかもしれません。1902(明治35)年に撤去、解体中に偶然発見されたというので、江戸時代にはこれを目にすることはなかったようです。
この石は置かれているというよりも、展示しているつもりなのかもしれません。でもそんなの説明がなければわからないと思います。私がこの石の写真を撮っていたとき、ちょうど若い女の子が近くをとおり、その光景が異様に見えたらしく、「写真とってるぅ~!」と言われました。そこに何があるのかがわからないので、何をしているのかも、よくわからなかったのだと思います。
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「入阿波守内」と刻まれた築石
